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甲府地方裁判所 昭和27年(ワ)154号 判決 1956年9月04日

原告 末木与一

被告 臼井源造

主文

被告は原告に対し別紙<省略>目録記載の土地上に存する立木を収去して、右土地の明渡をせよ。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告その余を被告の負担とする。

本判決第一項に限り原告に於て、金壱万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、被告は原告に対し別紙目録記載の土地上に存する立木を収去して右土地を明渡し且つ金十四万八千六百七十円及び内金四万七千四百四十六円に対する昭和二十七年八月十五日より、内金二万五千三百六円に対する昭和二十八年七月二十日より、内金二万五千三百六円に対する昭和二十九年六月一日より、内金三万七千九百五十九円に対する昭和三十一年二月二十八日より完済に至るまで各年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とするとの判決並に担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求原因として別紙目録記載の土地三反一畝十九歩(以下本件土地と略称する)はもと被告の所有であつたが昭和二十二年十二月二日自作農創設特別措置法所定の未墾地買収手続により政府がこれを買収し、次いで昭和二十七年三月一日原告に売渡され原告は、右各土地の所有権を取得したのである。また原告は右土地の売渡処分前である昭和二十三年九月十五日当時、既に政府との契約に基き右土地に立入り開墾耕作する権利を附与されていたものである。然るに被告は、右土地が政府に買収された日以後何等の権限なくして地上に存する同人所有の立木を収去することなく本件土地の占有を継続し原告の使用収益権及び所有権を侵害している。しかして若し被告が買収後速かに地上の立木を収去して本件土地を政府に引渡をしたならば、原告は前記契約に基き昭和二十三年九月十五日当時政府より右土地の引渡を受け、直ちに開墾に着手することができる体勢にあつたから昭和二十四年一月一日当時には既に全地域につき開墾を完了し、同日以降より耕作可能となり収穫を挙げることができた筈である。しかるに被告が故意に本件土地の引渡をせず占有を継続することによつて、原告は同日以降右土地を耕作することによつて得べかりし純収益相当額の損害を蒙りつつあることとなる。しかるところ原告が本件土地を耕作することにより得べかりし純収益は開墾当初の昭和二十四年一月一日より昭和二十六年十二月末日に至るまでの間は、反当り年収平均最低金五千円であり、同日以降は金八千円である。かかる割合の収益を納め得ることは吾が国の此の種農業経営の実状に照し顕著な事実であるから、右割合によつて、計算すれば、本件土地三反一畝十三歩につき(一)昭和二十四年一月一日より昭和二十六年十二月末日までは金四万七千四百四十六円(二)昭和二十七年一月一日より同年十二月末日までは、金二万五千三百六円(三)昭和二十八年一月一日より昭和二十九年六月三十一日までは金三万七千九百五十九円(四)昭和二十九年七月一日より昭和三十年十二月末日までは金三万七千九百五十九円となり原告は右期間中純収益額合計金十四万八千六百七十円に相当する損害を蒙つたことになる。仮りに右損害が通常生ずべき損害でなく特別事情に基く損害であるとしても右事情は被告が予見し又は予見し得べかりしものであるから、いずれにしろ被告は原告に対し右損害を賠償すべき義務がある。

よつて原告は被告に対し、所有権に基き地上の立木を収去して本件土地の明渡しを求めると共に、被告の不法行為に基く損害賠償として、金十四万八千六百七十円及び内金四万七千四百四十六円に対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和二十七年八月十五日より、内金二万五千三百六円に対する昭和二十八年七月二十日より、内金二万五千三百六円に対する昭和二十九年六月一日より、内金三万七千九百五十九円に対する昭和三十一年二月二十八日より各完済に至るまでそれぞれ年五分の割合による遅延損害金の支払を求めると陳述し、被告主張事実は総て争うと述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として原告主張事実中被告の所有に属する本件土地が原告主張の日に自作農創設特別措置法の規定に基き買収されたこと、及び被告が右土地上にある原告主張の樹木を収去せずして所有し、同日以降継続して本件土地を占有していることは認める、その余の主張事実は総て争う。仮りに政府と原告間に原告主張のような内容の契約が成立したとしても、原告は右契約により直ちに本件土地の使用権を取得しない。又原告は国より本件土地の売渡しを受けたことにつき所有権取得の登記手続を経由していないから、民法第百七十七条により右取得を第三者たる被告に対抗することはできない。よつて原告は本件土地を占有することにより何等原告の権利を侵害しない。従つて原告は被告に対し、所有権に基き本件土地の明渡を求める権利はなくまた被告の右占有を権利侵害の原因として損害賠償を求める権利もない。仮りに右主張が理由がなく被告に不法行為に基く損害賠償義務があるとしても原告の損害額の算定は適確な根拠がないからその額を争うものである。と述べた。<立証省略>

理由

別紙目録記載の土地はもと被告の所有に属していたところ、昭和二十二年十二月二日自作農創設特別措置法所定の未墾地買収手続により政府に買収された事実は当事者間に争がない。而して、成立に争のない甲第五号証の一及び二、証人末木要(第一回及び第二回)、同宮坂邦重、同鈴木利太郎の各証言及び原告本人尋問の結果(第一、二回)を綜合すると、右各土地は同法所定の手続により、原告に売渡され、昭和二十七年三月一日原告に於て、その所有権を取得した事実が認められる。被告は右土地につき原告は未だ所有権取得の登記手続を経由していないから、民法第百七十七条により、その取得を第三者たる被告に対抗できないと主張し右手続が未了であることは原告の明かに争わないところであるが一般私法上の取引の安全保護を目的とする民法第百七十七条の規定は、自作農創設特別措置法第一条に掲げる目的を達成するため国が公権力に基き強制的に未墾地を買収して所有権を取得し、これを同法第四十一条所定の適格者に売渡す法律関係には適用されないものと解すべきであるから、被告の右主張は採用しがたい。しかして、被告が同人所有に係る地上の立木を収去することなく放置し右土地の占有を継続している事実は之亦当事者間に争のないところであつて他に被告が原告の所有権に対抗し得る権限を有することにつき主張立証のない本件にあつては被告は原告に対し本件地上に存する立木を取去して、右土地を明渡すべき義務があるものというべきである。

よつて進んで損害賠償の請求につき判断するに原告が昭和二十七年三月一日本件土地の売渡処分を受けその所有権を取得したことは前認定のとおりであつて証人宮坂邦重の証言により真正に成立したと認められる甲第六号証(証明願書)成立に争のない同第八号証及び同第九号証、証人末木要(第一回及び第二回)同神宮司光、同宮坂邦重、同岩間平治の各証言並に原告本人尋問の結果(第一回)を綜合するとこれより前旧千代田村農地委員会は千代田第三開墾組合員等を入植開墾させるため、未墾地買収計画を樹立し、前認定のとおり、昭和二十二年十二月二日本件土地を含めた未墾地を政府が買収しその後同委員会は右土地の売渡計画を樹立すると共に買収未墾地中三町八反余を入植希望者である原告その他の前記開墾組合の組合員に配分して入植開墾させる計画を定め、原告は右配分計画に於て本件土地を含めた五反三畝二十九歩につき入植開墾することと定められ昭和二十三年九月十八日右配分計画が確定した事実、並に右配分計画確定前である同年五月二十一日当時の千代田村農地委員会会長末木要外原告を含む前記組合の組合員等が同村公民館に参集し、前記配分土地に対する鍬入式を挙行して、入植者の開墾着手を対外的に明示し、被告も右組合員の一員として右儀式に参列した事実が認められ他に右認定を覆すべき証拠はない。

ところで旧自作農創設特別措置法施行令第三十三条によれば政府が買収した未墾地はその売渡を受ける適格を有する者に対し無償で貸付をし又は使用収益をさせることができるのであつてその法意は政府が買収した未墾地は自作農となるべきものに売渡すのが本則であるけれども、新開墾地は当初においては収穫が少く且つ不定であるためこれを直ちに売渡しては入植者の負担が大となることを慮り始め数年間はこれを無償で貸付け又は使用収益をなさしめ収穫が安定した時期に売渡すのが適当であるという理由に基くものと理解することができる。前認定の事実によれば本件原告も亦右の趣旨に従い政府の代行機関である旧千代田村農地委員会の定めた配分計画に基きその売渡以前において本件土地を無償で使用収益をなすべきことを許されたものと推認することができるのである。而して未墾地等の買収の効果は買収令書に記載された買収の時期に発生しその時において政府が所有権を取得しその他の権利は総べて消滅するのであるから旧所有者は右時期において所有権を喪いその地上に買収より除外された物件のある場合には之を収去して当該未墾地を政府若はその指定した者又は売渡を受けた者に対し引渡すべき義務を負うものといわなければならない。従て故意又は過失に因り之が引渡をなさずして占有を継続することに因り他の権利を侵害した場合には不法行為上の責任を負うことは当然である。そこで原告は先づ本件土地の売渡を受ける以前においては原告の使用収益権を侵害したものであると主張するのでこの点について考えてみるに、原告が本件土地の売渡を受ける以前においてこれを使用収益し得る権原は政府若はその代行機関である村農地委員会より無償で使用収益をなすべきことを許された法律関係に基くものであることは前認定のとおりであるから右はひつきよう使用貸借契約に基く請求権に外ならない。しかるところ使用貸借契約は目的物の引渡を受けることによつて成立するのであるが原告が未だ本件土地の引渡を受けておらないことはその主張自体により明かである。而して買収未墾地上に買収より除外された物件がある場合これを任意に収去しないときは政府は収去命令を発してその収去を強制し得る方法も認められているのであるから斯る措置を講じてまでも原告に対し本件土地を使用せしめなければならないものと謂えるが右契約については第三者の関係に在る被告が本件土地の占有を継続していること自体を以て直ちに原告の右債権の存立及びその行使を侵害するものとして不法行為の成立を肯定するわけにはいかないから原告の右主張は採用し難い。

次に前認定の事実によれば原告が昭和二十七年三月一日本件土地の売渡を受けた以後においては被告は故意又は過失により右土地を占有し原告の所有権を侵害しているものと認むべきところ原告は本件各土地が政府に買収された当時被告が本件各土地の明渡をなしていたならば原告は本件各土地につき直ちに開墾に着手して全土他の開墾を完了し既に昭和二十四年一月一日当時より全土地につき耕作可能であつた旨主張するが右事実を認めるに足る証拠がなく却て原告本人尋問の結果(第一回及び第二回)によれば原告が本件土地と共に配分を受けた、上帯那字仮宿七百八十一番乃至七百八十三番三筆合計七畝十五歩の未墾地でさえ、その中の一筆である七百八十一番の二畝七歩は、ようやく昭和二十八年度に開墾を完了したものであることが認められるからたとえ、本件土地が昭和二十三年五月二十二日当時引渡が行われ原告が同日以降支障なく立入開墾できる状態にあつたとしても到底原告主張の昭和二十四年一月一日当時全土地につき開墾を完了し、耕作可能の状態になつたとは認めることができない。又原告は、本件土地の耕作による実収益は、開墾当初の三年間は反当り最低年額金五千円その後は金八千円であると主張し、証人山本与一郎、同末木要(第一回)の証言並に原告本人尋問の結果(第一回及び第二回)によれば右主張に添う供述があるが右供述はたやすく措信しがたいところであり、他に原告の右主張を維持するに足る証拠がないまた開墾者が前記の収益を納め得ることは吾が国の農業経営者の実状に照し顕著であるとの原告の主張も採用しがたいから結局原告の立論による損害の発生並びに額は証明されないことに帰し、賃料相当額の損害については敢て主張立証をしないのであるから原告は被告に対し前記不法行為に基く損害賠償として、その主張の金員並に損害金の支払を求めることはできない。

果してそうであれば本訴請求中、被告に対し、本件地上の立木を収去して、右土地の明渡しを求むる部分は正当として認容すべきであるが、その余の請求は失当として棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山孝 野口仲治 鳥居光子)

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